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広島地方裁判所 昭和38年(ワ)363号 判決 1969年9月11日

原告 団賢一 外一五名

被告 広島市

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告ら訴訟代理人は「被告は原告らに対しそれぞれ別紙損害内訳表<省略>記載の損害額ないし損害合計額相当の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、請求の原因

一、被告は、広島市尾長町旧軍用地高天原の丘陵地に火葬場(以下本件火葬場という。)の設置を計画し、昭和三六年三月二八日工事に着手し、昭和三七年八月二〇日これを完成させ、同日より操業を開始した。

二、原告らは本件火葬場が設置されたこと及びその操業により次のような損害(個別的内訳は別紙損害内訳表のとおり。)を蒙つた。

(一)  原告ら所有の土地家屋(以下本件土地家屋という。)の値下がりによる損害

本件土地は、広島市中心部から約三キロメートル、広島駅北口から約一・五キロメートルの大内越峠のほば頂上鞍部に位置し、近時バス網の発達により交通の便は良く市の中心部にはバスを利用して二〇分程度で達することができ風光眺望共に明眉で、付近には工場等の騒音を発する施設もなく、閑静で、湿気も少なく又小中学校は約六〇〇メートル位の近距離にあつて格好の住宅地であつた。

ところが本件火葬場が新設されたことにより、近所(至近距離は一〇〇メートル)に火葬場という人の極端に嫌忌する施設が存在することになり、しかも本件火葬場からは連日のように噴煙、悪臭が放出され、臭気強き時には、夏といえども戸を開けることができず食事の箸もとるに耐えない程であるため、本件土地家屋の価値は半減した。

(二)  原告らの受ける精神的苦痛

前記のとおり本件火葬場より放出される臭気は甚だしく、ために原告らは毎日苦痛に満ちた生活を余儀なくされているがこれに対する慰藉料としては別紙損害内訳表記載の額が相当である。

三、被告が賠償責任を負う法的根拠は次のとおりである。

(一)  国家賠償法第一条第一項による責任

公共団体広島市の公権力の行使に当る公務員である広島市長が、火葬場という施設の性質上これが設置された場合には、悪臭煤煙及び火葬場を嫌忌する社会感情等により地元住民に財産上及び精神上の損害を与えることを予見し或いは予見し得たのに、敢えて本件火葬場の設置に踏み切り、よつて原告らに対し前記のごとき損害を与えたものであるから、被告は国家賠償法第一条第一項により損害賠償の義務がある。

(二)  同法第二条第一項による責任

本件火葬場は、被告により公の目的に供される物的設備であり、右火葬場から生ずる異常な臭気、煤煙は右施設の設置又は管理の瑕疵に起因するものであるから、これにより原告らが蒙る損害につき、被告は同法第二条第一項により賠償責任を負うものである。

第三、請求の原因に対する答弁

一項中被告が原告ら主張の頃、その主張する場所に火葬場を新設したことは認めるが、その余は否認する。操業開始は昭和三七年一〇月一六日である。

二項中、本件土地が本件火葬場の西北方大内越峠のほぼ頂上鞍部に位置すること、市の中心部にバスで二〇分程度で達し得ること、付近には騒音を発する施設もなく、小中学校も近距離にあることは認めるが、その余は否認する。

煙突から黒煙の出る事実はあるがこれは短時間であり、又臭気が放出される場合もあるがこれは極めて微弱である。

本件土地の西方約三〇〇メートルの地点には古くから紫雲館と称する不完全なる火葬場が設置せられ、火葬が行われていたところ、近代的設備を有する本件火葬場が新設されたのに伴い紫雲館が廃されたのであるから本件土地に関する情勢はプラスになりこそすれ、決してマイナスにはなつていない。

三項は否認する。

第四、証拠<省略>

理由

一、被告が、原告ら主張の頃、広島市尾長町旧軍用地高天原の丘陵地に本件火葬場を新設したことは当事者間に争いがなく又証人斎木正道の証言によれば、被告は昭和三七年一〇月一六日より右火葬場の操業を開始したことが認められる。

二、そこで右火葬場の設置操業による生活利益の侵害の有無、程度について検討することとする。

(一)  第一、二回検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件土地家屋は、広島駅の東北方約二・五キロメートルの地点、中山町部落と尾長町部落のほぼ中間にあり、バスを利用することにより、二〇分程度で市の中心部に達し得ること、付近には工場等の騒音を発する施設もなく、閑静で小中学校も近距離にあること、本件土地の東南方約一二〇メートルの地点に本件火葬場が存在することが各認められる。

(二)  ところで原告らは、連日死体焼却の際、本件火葬場の煙突より煤煙と共に悪臭が放出され、その臭気は甚だしく、夏といえども戸が開けられず、又食事の箸も取るに耐えない程の時があると主張するので、この点について検討する。

(イ)  まず死体焼却の際噴出される煤煙について按ずるに証人斎木正道の証言によれば、本件火葬場における一日平均の死体焼却数は、約七、八体、一回の死体焼却に要する時間は、死体によつて差があるが平均約八〇分位であることが認められ、又証人吉岡次雄、同吉岡美代子、同小路丹一、同斎木正道の各証言、第一、二、三回検証の結果によれば一回の焼却について最初黒煙が二、三分間放出され、続いて黄褐色の煙が七、八分出た後、うすい白煙に変ることが認められる。

ところで原告団賢一は、右煤煙により農作物も煤だらけになつてしまうかの如く供述するが、煙突からの煙の出方が右認定の程度であること、及び証人小路丹一の証言に徴し右供述は措信しがたく、他に煤煙による生活侵害の事実を認めるに足る証拠はない。

(ロ)  次に臭気の点を考えるに、証人川野貞夫、同吉岡次雄、同吉岡美代子、同脇キヨ子、同升川貴志栄、同渡辺智恵、同萩重登及び原告本人団賢一は、原告らの主張に副うような供述をするが、証人渡辺恒夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第八号証の一、二、同証人及び証人山口栄一の各証言並びに鑑定人田中正四の鑑定及び第一、二、三回検証の各結果に照すと、臭気に対する人間の感覚に個人差のあることを考慮しても、前記各供述は、にわかに措信しがたいし、他に原告らの右主張を肯認するに十分な証拠はない。尤も火葬場近くの住民である前記各証人が一様に臭気を感じると証言しているところよりすれば、臭気を感じることが全くないわけではないと思われるが、原告らの主張するようにしばしばあることとは認められず、またその程度も原告らの主張する程に強いものとは認められない。

三、ところでおよそこの種生活利益の侵害が不法行為を構成するのはその性質、程度が社会通念上一般に受忍すべき限度を超えた場合であり、右限度を超えたと認められない限りにおいては、右侵害は違法性を欠き不法行為を構成しないと解すべきところ、右受忍の限度を超えたか否かについては、侵害された生活利益の性質程度と当該施設の社会的有用性、損害の発生を防止若しくは軽減すべき処置を取り得る可能性、施設を設置するに至つた意図、動機、及び設置場所の状況等諸般の事情とを総合的に比較衡量してこれを決すべきである。そこで本件についてこれを見るに

(イ)  火葬場施設は、後記の如く、一般に人々に嫌忌される施設ではあるとしても、社会生活上欠くことのできないものであり、その有用性については言を待たない。

(ロ)  次に損害の発生を防止又は軽減すべき処置を取り得る可能性について按ずるに、証人斎木正道、同山口栄一の各証言、鑑定人田中正四の鑑定及び第一、二回検証の各結果によれば、被告は、本件火葬場を設置するに当り、東京、大阪等の先進大都市の各火葬場を視察してその設備等を十分研究した後、これらの各都市に劣らない設備をそろえてこれを完成させたものであり、とりわけ防煙防臭については意を払い、煙突も三〇メートルの高さのあるものを設置し又前記の各都市では設置していない再燃焼室を設けていること、更に重油では煤煙が不可避であるところから昭和三九年頃よりは、再燃焼室の燃料には軽油を加圧して使用し、極力防煙防臭に努めていることが認められる。

(ハ)  次に高天原に火葬場を設置した意図動機及び当該地域の場所的状況について検討するに証人下垣一成の証言により真正に成立したものと認められる乙第五号証、証人斎木正道、同山口栄一の各証言及び第一、二回検証の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、広島市中広町にあつた市営火葬場「向西館」が老朽化したことから近代的設備を有する火葬場の設置を計画したが「向西館」の敷地が都市計画事業により元地の七割に減歩され、その狭い位置にしかも操業しながら建てかえるということが不可能であつたこと、本件火葬場の設置されている場所は都市計画によりすでに昭和二七年に墓苑設置の事業決定がされていたこと等から、本件場所が新たな火葬場の設置場所に選ばれたものであること、本件火葬場の西北方約五〇〇メートル、本件土地からは西方に約三〇〇メートルの地点には民間企業の経営する火葬場「紫雲館」があり、同火葬場は、燃料として薪を使用する旧式のもので煙突の高さも余り高くなく、本件火葬場には設備的にはるかに及ばないものであつたこと、本件火葬場が操業を開始するに及んで「紫雲館」は廃止され、同館の経営者株式会社紫雲館は、被告より委託を受けて本件火葬場の操業に従事しており、従つて結果的には、旧式の火葬場が、被告によつて近代的設備を有する火葬場に造り代えられたといえることが認められる。

以上認定の事実及び本件にあらわれた諸般の事情を総合して考えると、前記臭気により原告らの蒙つた生活利益の侵害の程度は明らかではないが、少なくとも社会生活上一般に受忍すべき程度を越えたものとは認めがたい。

そうすると、右生活利益の侵害により居住者たる原告らが精神的苦痛を受け、ひいては原告ら所有の本件土地家屋に値下りによる若干の財産的損害が生じたとしても、これは原告らにおいて受忍すべきものであつて、原告らがこれにつき被告に対し不法行為上の責任を問うことはできない。

四、原告らはなお、人の嫌忌する施設である本件火葬場が本件土地の近くに存在するにいたつたこと自体により居住者たる原告らの蒙る精神的苦痛及びこれに伴い原告ら所有の本件土地が値下りすることによる財産的損害をも主張する。

なるほど、火葬場を嫌忌する一般社会感情の存在自体は否定しがたい。しかしながら、火葬場、汚物処理場、刑務所等一般人の嫌忌する諸施設といえども、適法に設置せられたものである限り、その存在すること自体によつて蒙る単なる心理的不快感は付近住民が社会生活上受忍すべき義務を負うものと解するのが相当であり、そうである以上右不快感に原因する土地等の値下りについても同様に結論すべきものと考える。本件火葬場の設置又は設置に関する行政処分が「墓地埋葬等に関する法律」その他の法規に適合しない違法のものであることは原告の主張立証しないところであるから、本件火葬場設置により原告等の蒙る心理的不快感及びこれにより生じることのありうる原告等所有土地の値下りを把えて不法行為の責任を問うこともできないというべきである。その現実の損害を如何に補償するかは政治の領域に属する。

五、以上のとおりであるから、その他の要件について判断するまでもなく、被告には国家賠償法第一条第一項並びに同法第二条第一項責任はないものというべく、従つて原告らの請求は理由がないから棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲 淵上勤 高篠包)

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